院生はすぐ偉くなる。しかし。

院生はすぐ偉くなる。しかし ← 今ここ。

経営学領域で研究者になるためには、だいたい院生になる必要がある。多くの学生は、大学を出れば就職し、社会人になる。これに対して、院生として研究者になろうとすれば、さらに少なくとも5年は学生のままである。この間、就職した友人は給与ももらい、それなりに社会人生活を謳歌することになる。一方で、院生は学生のままである。人によっては、お金がない問題も生じる。

だが、その後無事に研究職につくことができれば、院生はとたんに偉くなる(ようにみえる)。最初は助手や助教かもしれないが、数年もすれば専任講師、それから准教授になる。順調に行けば、20代後半には准教授、遅くとも30代の頃にはそうなるだろう。22歳か23歳で就職した友人の見る目も変わる(かもしれない)。

ビジネススクールでは、しばしば社会人の受講生を相手にして、ティーチング・アシスタントとして院生がつく。社会人の方々は30代か、あるいはそれ以上である。一方で院生は20代で、社会人経験のない学生が多い。受講生の方々としては、会社組織の感覚で、ちょっと院生を部下のように使ってみてしまうこともある。まあそれはそれでよく見る風景だが、このとき、先生方は冗談のように言う。院生には親切にしておいたほうがいい。後数年すると、みなさんよりも偉くなりますよ・・・。

それは正しい。研究職に付けば、20代後半で個室がもてる。企業であれば、役員クラスの待遇である。研究費ももらえるかもしれない。秘書もお願いできるかもしれない。先生とよばれ、企業の課長や部長クラスの方々とも(一見)対等に話ができるようにもなる。ちょっと偉そうに語ってみても、それはそれで受け入れられてしまう感覚さえ生まれる。

正しい。だが、それは、しばらくのことにすぎない。研究職について10余年経って気づくのは、むしろ今や、社会人となった友人の方が偉くなり始めているという現実だ。そもそも、研究職では、偉くなるというプロセスはない。准教授が教授になったところで、何かが変わるということはない(給料はもちろん上がる、はず、、、だが)。学部長になれば研究を諦めたと思われかねないし、たぶん、学会長になっても対して評価や影響力はそんなに変わらない。

研究職では、組織としての階層性があまりない(多分、理系はまた別だと思われる)。一方で、企業は組織である。明確な階層があることが普通だろう。偉くなるとは、考えてみると、この階層性に対応しているようにみえる。大学を出て10余年経ち、この階層を本格的に登り始めるのは、企業に属した人々なのである(もちろん、これだけがすべてというわけではない)。

といったことを、最近思ったりした次第でした。少し年を取ったからかな。


2016-11-03 | Posted in エッセイNo Comments » 

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