第7章 選ばない消費 (酒井)

デジタル技術の進展によりeコマースが登場し、消費者は豊富で多様な選択肢へのアクセスができるようになったが、その一方で情報過負荷が増大し、膨大な数の選択肢に日々直面するというストレスが生まれた。このストレスを削減するために、意思決定の一部をレコメンデーション・システムに委ねる選択方略は「選ばない消費」と呼ばれている。本章ではこの「選ばない消費」について「ストレス削減型」、「ランダム性志向型」、「予測型AI」から「生成AI」というAI技術の発展段階、の3つに着目して検討する。

1選ばない消費とその拡大

デジタル化によって、適切な選択肢に出会える可能性は高まり選択者の満足度も向上するが、膨大すぎる情報は正確に処理することができず、かえって意思決定が難しくなる。この二面性を「選択のパラドックス」という。「情報過負荷」に直面した消費者は、従来、ヒューリスティクスを用いてきたが、それは情報過負荷の根本的解決にはならない。その結果として「選ばない消費」が台頭し、「ストレス削減型」の方略として機能として急速に広がりつつある。

高精度化したレコメンデーションは大きく拡大しているが、常に最適な選択肢が提示されることで類似した製品を選び続けることになり、消費者は飽きや好奇心を感じ新しい商品を試したくなる。このような行動はバラエティ・シーキングと呼ばれる。新奇性や驚きを得るために、消費者は不確実性を取り入れる「ランダム性志向型」の選択方略を模索するようになった。このランダム性志向型は、消費者に予期せぬ出会いや驚きを提供しつつ、潜在的な需要も満たす、「演出されたランダム性」をもっている。

レコメンデーション・システムは生成型AIの登場によって大きく変化してきている。生成型AIを活用する形で、消費者の属性や行動歴データに基づき、サービスや提案を各人に会う形で調整する方法は「パーソナライゼーション」と呼ばれている。生成型AIは消費者の生活全般を継続的にサポートし、購買行動全体を引き継ぐ消費者の代理人となる可能性も生まれている。

2情報過負荷への対応とストレス削減型方略

ここでは、「ストレス削減型」を「失敗回避型」と「最適解採用型」という2つの下位類型に分けて検討する。「失敗回避型」方略は、不必要なものや目的から逸脱したものを避ける「採用エラーの最小化」が優先される、ネガティブな結果の回避を目標としたものである。これは望まない結果を徹底的に排除することで、消費者の明示的な制約条件を保証するという特徴がある。「最適解採用型」方略は、より良いものを見逃したり気にいる可能性のあるものを取りこぼさないような「排除エラーの最小化」が優先される、よりポジティブな結果の採用を目標としたものである、これは、潜在価値を感じる選択肢と新たなであいをAIによる潜在的な思考推測によって演出するという特徴がある。

3ランダム性志向が生み出す新たな選択方略

ランダム性志向型方略には「セレンディピティ消費」、「ミステリアス消費」、「ネタ消費」の3類型がある。セレンディピティ消費は選択の結果を楽しむものであり、「制御されたランダム性」によって選択後の評価を重視しつつ新たな出会いを楽しむという特徴がある。ミステリアス消費は選択のプロセスを楽しむものであり、選択の過程における不確実性や期待感を提供することで驚きと意外性を楽しむという特徴がある。ネタ消費は結果の共有を楽しむものであり、「映え」ま「話題性」とあったトーカビリティのあるものをランダムに提供し、SNSを通じて結果の共有を楽しむという特徴がある。

4AI技術の発展と「選ばない消費」の新展開

2010年代の「予測型AI」を基盤としたレコメンデーション技術は、消費者の情報処理を代行して最適な選択肢を提案し、情報過負荷によるストレスを削減することで、「ストレス削減型」方略の拡大を促進した。2020年代に入り「生成型AI」が登場し、レコメンデーションのみではなくマーケティングにおけるパーソナライゼーションが劇的に強化された。その革新的な特徴は、消費者の心理的なプロフィールに合わせて説得力のあるメッセージや広告コンテンツを生成することができるようになっていることである。従来の予測型AIが提供していた画一的な提案から、消費者一人ひとりの個人的な状況や嗜好を配慮したコンテンツ提供が可能になったのである。また、AIシステムは人間同士の相互作用に近い自然な体験を提供する可能性をもちつつあり、消費者はAIとの間ひ感情的なつながりや信頼関係を築くことができるようになっている。このようなAIエージェント化は、将来的には、レコメンデーションは消費者の生活全般にわたる継続的なサポートを提供する存在へと進化していく可能性を秘めている。

5レコメンデーション技術の進化と「選ばない消費」の今後

本章で取り上げた「選ばない消費」とその拡大は、消費者行動のパラダイムが「選択中心」から「委任・協働中心」へと移行する可能性を示唆している。つまり、消費者は何を選ぶか決定することから、AIエージェントとの関係性をどう構築するか、何をどの程度委ねるか、そして委ねた結果をどのように評価・調整するかへと、変容していく可能性があるということである。このように「選ばない消費」は今後、単なる負荷の軽減や新奇性の追求といった問題を超えて、AIエージェントとの協働による新たな消費体験の共創などの問題へと発展していく。