遠足は行くまでが一番楽しい

マーケティングに優れたサービスの一つに、ディズニーランドがしばしば挙げられます。日本のディズニーはもとより、本場アメリカのディズニーランドともなると、規模も大きく、場所柄もあり、子供でなくても楽しめます。

Florida, OrlandoにあるWDWに行く場合、その広さからして日帰りは難しいところです。近くにホテルをとるか、あるいはワールド内のディズニーホテルに泊まることになります。当然、予約をする必要があるわけで、今であればネットで予約が取れます。

予約をするということが意味するのは、ディズニーにとっては、いつ誰が来るのかを知るきっかけになります。この情報は、おそらくこの手のサービスにとって、とても大事なことです。なぜならば、「遠足は行くまでが一番楽しい」からです。いやもちろん、行ったときも楽しいわけですが、これは大事なことです。

ディズニーホテルの予約をすると、ディズニーから定期的に連絡が来ることになります。「あと60日ですね。」「今日からファストパスを選べますよ。」「荷物に貼っておくタグを送ります。」「いよいよですね、忘れ物はないですか?」メールでの連絡はもちろん、しっかりと個人名が書かれた案内状?まで定期的に郵送されてきます。いやがうえにも期待は高まります。特にディズニーがうまいと思うのは、あまりしつこさを感じないというところです(個人差があるかもしれませんが、ここがノウハウなのかも)。スパムという感じもない。

もし、予約を入れる必要がないサービスを提供している場合、この「遠足は行くまでが一番楽しい」過程に入り込むことはできません。そこはただ純粋にその人だけのものです。けれども、特にサービス財の場合には、プロセスの管理が重要になるといわれます。サービス・マーケティング・ミックスによれば、サービス財は形もないため、通常の物財以上の配慮が必要になるわけです。その一つがプロセスの管理です。遠足に行くまでを射程に収めるディズニーのマーケティングは、なるほどと思った次第でした。

ディズニーがサービスを瞬間的なものではなく、一連のプロセスとして捉えていることは、例えば、ソロモンの『消費者行動論』のテキストにも記載されています。

「ウォルト・ディズニー社は携帯電話がテーマパークでの経験を高めることに期待している。ウォルト・ディズニー・ワールドでコメディショーの列に並んでいる人は、テキストメッセージでジョークを送ると、これから見るショーの中でそれが使われるかもしれない。重役の1人はこう説明した。「ショーにとって必要なウォームアップの働きをするとともに、待ち時間にも客を楽しませることもできる」(第9章、ネット上のコラム)。」

意識せずに読んでいるとへーそうなんだというだけですが、サービスとはどういうものであるのか。その満足はどうやって決まるのかということを考えてみると、彼らの周到なマネジメントがみえてくるように思います。ちなみにたぶんこれ、Monsters, Inc. Laugh Floorのことかなと思いました。CGアニメのコメディショーなのですが、インタラクションで観客とやり取り(客いじり)するのがすごい。どうやっているのかよくわかりませんでした。アニメに見せかけて実際に声優がいるのか、あるいは、観客がサクラ?ではないでしょうし(笑

ちなみに、ホテルに着くと、噂に聞いていたマジックバンドがもらえます(アメリカ国内であれば、事前に郵送されてくる)。これ、2013年に導入されたというハイテク機器ですね。部屋の鍵や入場パスの代わりはもちろん、あちこちでスタッフが撮ってくれるデジタル写真を後でまとめてダウンロードできる(もちろん有料ですが)。


~ディスニーワールドの新サービス「マジックバンド」、今春にもRFIDチップを活用した「MyMagic+」システム導入へ~

今のところディズニーの外に出てしまうと役に立ちませんが(アクセサリーとしてはもちろん使えますが)、何となくやりたいことはわかるような気がします。ネットや、こうしたデジタル機器はユーザーとつながっている状態を作るのに都合がいい。ディズニーに行く前だけではなく、もちろん行っている時だけではなく、日常においても、うまく関係性を構築維持し、また時に働きかけられるようにしておくというわけです。

いや、よくできているなと改めて思った次第でした。

AIBOの「治療」を考える



つらつら新年の記事を眺めていて、みつけたのがこれ⬇

製造元に捨てられたロボット犬「AIBO」。”治療”にあたる元エンジニア集団

これは興味深い。年末ボケが吹き飛ぶ勢い(笑。ということで、少し書きながらアイデアを考え直してみることにします。

記事のベースになっているのは、1999年に発売され、2006年に発売が終了したSONYのAIBO。販売が終了しても、しばらくの間は修理部品を補完しておく必要があるわけですが、この期間も2014年3月に終了したということで、修理窓口「AIBOクリニック」もなくなったとのこと。これだけであれば、他の製品でもありそうな話ですが、ペットでもあったAIBOだけに、もう少し話がややこしい。

既存のユーザーとしては、ペットとしてAIBOに期待するものは、死なないこと。にもかかわらず、故障し、動かなくなってしまうのは正直意外。その保証がなくなってしまうことは、ユーザーの心情としては確かに受け入れ難いかもしれない。さらに、そうした心情をくむようにして、A・FUNという元ソニーの方の会社が修理を請け負うようになり、注目を集めているということ。

興味深く感じるポイントは大きく3つ。第一に、こうした生命に関わるようなハイテク商品が背負うことになる旧来とは少し異なるようにみえる倫理的問題。確かに、iphoneやlexusもまた製造者責任的なものは背負うであろうし、販売終了後、部品保管期間終了後も、ユーザーが残り続けるであろうことは想像に難くありません。けれども、AIBOのような心情を引き起こすのかどうかといわれると、ちょっとよくわからない。技術と倫理というテーマを考えれば、一つのトピックに違いない。(倫理というと、どちらかというと広告であったり、エコ系の話を想像しがちなのですが、たぶん、技術の問題を考えた方が広がりがある)。

第二に、ユーザー側の心情は、なお考察に値する。機械に感情移入するとはどういうことなのか。さらにこの問題は、企業側のマーケティング施策にも影響を及ぼします。AIBOが登場した当時、日本ではある程度売れたものの、アメリカでは必ずしもヒットしませんでした。そこでソニーは、商品のリ・ポジショニングを考えます。この際の議論のテーマは、一つには、機械に感情移入する日本人という性格であり、それとは異なるアメリカ人にもAIBOは受け入れられるのかどうか、ということが問題になりました。さらにこの問題は、そもそも、なぜSONYはAIBOなるものを開発したのか、というより上位の戦略にも関わることになります。このあたりはハーバードのケーススタディで議論されるハイテク・マーケティングの定番。

Sony AIBO: The World’s First Entertainment Robot

そして最後に第三として、そうしたユーザーの心情に対応し、新しいサービスが生まれているという現実。例えば、Abandoned brandの事例として良く知られるApple Newtonの場合、ユーザーによる再開発・再販売の希望はかなえられないまま、結局ユーザーの自発的な開発行動にとどまりました。それ自体、確かにユーザー・イノベーションであったり、ユーザー・コミュニティであったともいえますが、今回の場合はそれとも少し異なります。ハイテク=ユーザーにはその原理がわかりずらく、同時に、倫理的な問題に関わる?からというべきなのか、あるいは、もう少し別の説明の仕方ができるのか。

もう少し考えられそうな気もしますが、ひとまず思いついたところまで。アマゾンでマーケティング倫理やハイテク・マーケティングで検索してみたのですが、日本語の本ないんですかね。。。


クリスマスの次に来るのは?

クリスマスも終わり、次に来るイベントは新年。。かと思いきや、それは日本的であって、どうもカナダはそうではないようです。欧米諸国は新年をそれほど祝わないとは聞いていましたが、まあ確かにそうなのかもと思う今日この頃です。われわれとしては鏡餅を買って年賀状を書いておかねばですとか、正月三箇日は自宅でゆっくりという感じもあるのですが、まあ普通に仕事が始まります。お正月に関連しまして、備忘録がてら2点。

1。Happy new year!

日本では年賀状にHappy new yearと書いたりします。訳すと「あけましておめでとう!」という感じです。お正月に挨拶回りするさいには明けましておめでとうございますと言います。一方で、カナダでいつHappy new yearと言うかというと、クリスマスが終わってからです。新年が来る前に使う。日本での使い方からすると変な感じがしますが、
たぶん、日本語に訳すると、「良い新年を」という感じだろうと思います。

だいたい英語圏では、話の最後に「Have a nice day(良い一日を)」と言ったりするわけなので、Happy new yearも頭にHave aとあると考えたらよさそうです。ちなみに、クリスマス前は「Happy holidays!」でしたので同じ感じかと。「Merry X’mas!」も使いますが、近年では、他宗教に配慮して公式には使われなくなってきているそうです(このあたりは日本では考えたこともなかったですね。。。さすが。)

というわけで、新年になって以降も、Happy new yearというのかどうかは興味深いところです。
→1月2日にあった人にHappy new year!と言われたので、あけましておめでとうという意味もあることがわかりました。よかった(笑

2。で、クリスマスの後に来るイベントは何か?

お正月ではないとすると、次のイベントは何か。いろいろあるのでしょうけれど、カナダを代表する100円ショップ「Dollarama」の店頭をみると、次に来るイベントがわかります。「Dollarama」は主要イベントに合わせて、店頭の品揃えをびっくりするくらい大きく変えます(笑 10月はハロウィン、12月はクリスマス、そして1月の新年は飛び越して・・・

バレンタイン・デーでした。先日までずらっと並んでいたクリスマスグッズは一掃され、年内にすべてはバレンタイン仕様に。グリーティングカードも、新年のものも少しはありますが(ちなみに、冒頭のHappy new yearバンドもDollaramaのもの)、すでにバレンタイン一色。

こういう違いを調べるのも面白そうです。

絵文字のunicode化 

先日、絵文字の話を書きました。このところ興味を持っているわけですが、日本の市場展開とは別に、このところ絵文字のグローバル化が進展してきたように思います。その象徴的な出来事が、絵文字の2009年のunicode6.0への搭載です。この出来事は、Wikipediaをみると、GoolgeとAppleによって主導されたとあります。そのことは知っていたのですが、個人的に、どうしてそうなったのか、なぜ彼らがそうしたのかを知りたいと思っていました。

ピンポイントの記事を見つけました。
特集 : 絵文字が開いてしまった「パンドラの箱」

非常に長文な記事ですが、とても印象深く、個人的に知りたいと思っていたことのいくつかが書かれていました。ざっくりポイントだけ取り出すとこんな感じかと思います。

1.絵文字のunicode登録は、実は、そんなにすんなりいったわけではなかった。

2.Googleたちは日本の絵文字を基本的にそのまま登録しようとしたのだが、その文化依存性がネックとなり、ドイツ・アイルランドから強い反対をうけた。

3.会議の中で調整がはいり、折衷案的な形で絵文字が登録されるに至った。

 

あわせて、個人的に知りたかったのは、どうしてGoogle(やApple)が、そんなことをしようとしたのかということでした。この点については僕の解釈も含みますが、次のような感じなのかなと思います。

1.2000年代中頃、Googleは携帯キャリアとの包括契約を進めていた。日本では、KDDIが最初であった。

2.Googleの目的は、携帯市場に検索技術を組み入れることであった(←ここがちょっとはっきりしないけれど、ようするにそういうことかなと)。

3.当時の絵文字はキャリア依存的であり、国内の統合基準は複雑だった。こうした絵文字は、検索にうまくひっかからない。そこでGoogleは、これらをコード化して検索できるようにしまおうと考えた。

4.コード化に際して、日本の独自なものがそのまま議題に上がったのは、適当にやったからではなく、今現在ネット上に存在するが検索できないものをすべて検索できるようにコードをふるということが目的だったからである。

5.しかし結果的に、他地域からのリアクションは、コード=検索可能という視点ではなく、コード=統一・整理・ユニバーサルという視点から行われ(unicodeは、もともととそういう目的でなされていたはず)、いろいろ調整が必要になった。

こうした展開は、マーケティング的にもいくつかの示唆を含みます。一つは、デファクトスタンダードを作るということの意味や難しさについて。デファクト競争は、しばしば産業形成の要になると言われています。古くはVHSとベータ、先般ならばブルーレイとHD-DVDなどがそうでしょう。これに関連して、日本のキャリアがデファクトを作り損ねたといこともいえるかもしれません。


ただ個人的に興味があるのは、そういうことではなく、、、unicode化されてしまうと、それ自体が収益を生むデザインではなくなるだろうということではあります。デコメールやスタンプを考えたとき、これらが標準コード化されると、当然そこに課金はできなくなる。Googleは検索、Appleは端末で利益を上げるからともかくとして、日本の企業にとっては、どうだったのかなと思ったりした次第でした。このあたり、もう少し知りたいところではあります。

アドベント・カレンダー

クリスマスに向けて、一日一個チョコレート。advent calendarとかcountdown calenarと言うそうです。カレンダーとお菓子や玩具が組み合わされていて、一日一個ずつ子どもが開けて楽しむカレンダー式お菓子です。日本にもあるのかもしれませんが、始めて見ました。

クリスマスシーズンはやはり特別のようで、アドベント・カレンダーがたくさん売られています(というか、クリスマス限定みたいです。)2、3ドルの安い既成品から、手作りのもの、おもちゃ、さらには高級化粧品のものもあり、本当に多様です。

アドベント・カレンダーwiki

Wikipediaによれば、一応宗教的な理由のもとで始められた?ようでもあります。今となっては、クリスマスに向けて気持ちを高める商品という感じです。

これ、クリスマスに限らずいろいろと展開可能なのでは等と思ったり。以前、Sカレの企画の一つとして、ゼミ生が考えたプランに似たようなものがあったことを思い出しました。確かそれは、インスタントコーヒーのパックを30個分、それぞれ違うものをカレンダー形式に入れて作ったらどうかという案だった気がします。元アイデアは、年配の方々が薬をカレンダー形式にして飲み忘れを防いでいるということだったような。あのとき、このカレンダーの存在を知っていれば、もっと発展の可能性があったのかもと思いました。

いろいろなところにアイデアのきっかけはあるものです。カレンダーと何かを組み合わせるというのは、結構いけるような、気がします。


スタンプと絵文字と顔文字

消費文化というか、一種の社会現象だろうと思うのですが、少し興味を持ったのでまずはネットで下調べから。


昨今、LINEをはじめとして、スタンプが流行っていると思います(いまさら古い?)。Facebookやiosなどにも搭載されてきましたので、世界的な傾向であるとも言えるのかもしれません。しかも、特にLINEの場合、ここから収益が上がっているというのがすごい。前にもLINEのビジネスモデルで書きましたが、コミュニティのビジネスモデルとしておもしろい。
考えてみると、こうしたスタンプは、もともと絵文字や顔文字として広く知られていたものをベースにしています。絵文字に関しては、すでにデコメールの時代から課金の仕組みが生まれつつありました。スタンプは、こうした流れの発展系だといえそうです。一方で顔文字については、課金の仕組みをつくりだすには至りませんでした。絵文字の前身とみることができるのかもしれません。
とそんなことを考えていて、ネット上で興味深い記事をいくつか見つけました。これらから時系列的に古い方から並べ替えると、次のようになるようです。
1986年 パソコン通信 顔文字 ^_^
1993-5年 ポケベル 絵文字 ♥︎
1998年 i-mode 絵文字 176種類
2003-4年 デコメ
2005年 のまネコ事件
2011年 スタンプ
1986年に顔文字が始めて登場するという点については、その創作者のホームページがあります。「1986年6月20日 に 若林泰志 が当時のパソコン通信「アスキーネット」の電子掲示板で使用したのが最初。」
その後、顔文字の利用は急速に広まったようです。海外のスマイリーマーク:-)でなかった理由は諸説あるようですが、個人的には技術要因を考えておくのがいいように思います。シフトJIS、あるいは2バイト文字ですね。そう考えると、以降の歴史を同じ視点で説明できそう。
パソコン通信に遅れること約10年、日本ではポケベルがブームになります。おそらく、このブームが絵文字ビジネスの重要な基盤になっている気がします(このロジックについては、いずれ論文で)。ポケベルでは、当初は数字ぐらいしか送れなかったと思いますが、限られたコードの中に、♥︎が搭載されていました。その搭載理由はよくわかりませんが、少なくともこの♥︎が大きな意味を持ったと、後のi-mode開発に関するサイトが伝えています。大事そうなところなのでちょっと長文ですが引用させてください。
「90年代後半、ポケベルブームも末期のころ。当初は数字を表示するだけだったポケベルも劇的な進化を遂げ、NTTドコモの新サービス「インフォネクスト」ではアルファベットやカタカナ、漢字まで表示できるようになっていた。だが、この新サービスで表示できなくなったものが1つ。それがハートマークだった。当時の大手・東京テレメッセージの機種では変わらずハートマークの表示が可能で、その結果「ハートマークが表示できる機種を求めて顧客が流出する、という事態が起こった」(栗田氏)。」
この記述から、次の3点を読み取ることができます。第一に、♥︎の重要性はNTTドコモには認識されていなかったということ。第二に、文字処理の技術にかかる漢字表記の兼ね合いでこのマークがなくなったこと。第三に、結果として顧客流出が起こり、後のi-modeではむしろ絵文字の重要性が認識されるに至ったこと。さらにこのとき、すでに先行してネット上で存在していた顔文字もまた、ケータイのテンキーで打てないのならば絵文字に取り込めばいいと考えたといいます。「いわゆる顔文字((^_^;)のようなもの)は当時からあったが、ケータイのテンキーでこれを打つことはできない。」

携帯に搭載された絵文字は広く利用されるようになり、さらにその発展系としてデコメールが使われるようになります。絵文字はデフォルト搭載だったと思いますが、デコメールは有料のパッケージもありました。このデコメールが大きくなると、今のスタンプのようなものになるのでしょう。この背景にはやはり、技術要因を想定することができます。デコメールがでた当初は、そのファイルサイズを危惧する声もありました。しかしそうした問題が解決される中で、よりグラフィカルな画像の利用が進められるようになります。そういえば、もともとの絵文字は12×12ドットだったと言いますし、トラフィク自体はコードでやりとりされていました。この技術制約は、先の記事に書いてあるのですが、意匠権などの否定につながっており、結果として多くの企業が絵文字を利用、又は発展させられることになったといいます。

「実は当時のドコモの絵文字には意匠権がなく、ドコモも栗田氏自身も絵文字の権利保護をしていなかった。「申請はしたものの、12×12ドット内なら他人でも同じ表現ができる、独自性が認められない、という話になり認められなかった」(栗田氏)。」
生みの親が語る「ケータイ絵文字」14年の軌跡と新たな一歩

さて、携帯上で展開した顔文字→絵文字→デコメ→スタンプの流れは、無料から課金の仕組みがうまく構築されていきました。しかし一方で、もともとの顔文字が生まれたインターネットの世界では、そうした仕組みは生まれなかったように思います。むしろ、顔文字はネットユーザーの文化として独自の発展を遂げ、ビジネスとは対立的な関係を描くことさえありました。象徴的なのは、2ちゃんねるのアスキーアート(絵文字?)モナーと、エイベックスによるのまネコの著作権騒動でしょう。
のまネコ問題wiki

むしろ今になり、例えばfacebookが絵文字を導入するようになっているというのは今日深い点です。パソコンで生まれた顔文字は携帯へとうつってスタンプとなり、そして改めてパソコンやインターネットの世界に入り込みつつあるという感じです。後は、ここに課金の仕組みまで導入されるかどうかですが、現実的にそれは難しい気がします。技術的にみて、この手の画像はコピペできます。一方でリアルの世界で製品化しようとすれば、ネットユーザーの反発を買うだけです。ネットの世界では、どこまでも顔文字や絵文字は無料のまま、ネットユーザーの文化であり続けるのかなと思いました。いや、そもそも利用する状況が異なるのかな。

ひとまずここまで。

マーケティング分析・消費文化分析の仕方ルール(2014年11月)

マーケティング分析・消費文化分析を書く場合の覚え書き。 

1。文字数は無制限。ただあまり多くても読めないので、A4で1枚程度、1500字ぐらいが一つの目処。 

2。書く内容は、経営学全般、マーケティング、および消費者行動や消費文化という観点から書くこと。 

3。書く内容に合わせ、関連する書籍を観点に合わせて2冊以上ピックアップすること。こちらの書籍は実際に読んでいなくても構わないが、具体的にどう関連しそうかについては別途調べておくこと。 

4。書く内容に合わせ、写真や画像を積極的に用いること。但し著作権や肖像権に留意し、他のサイトの画像をそのまま無断することはしない。 

5。書く内容に合わせ、リンクによる引用を積極的に用いること。こちらも著作権に留意する。 

6。取り上げた本、および関連する書籍については、画像データをアマゾンを中心に取得し、リンクをはること。

書評の仕方ルール(2014年11月版)

書評を書く場合の覚え書き。 

1。文字数は無制限。ただあまり多くても読めないので、A4で1枚程度、1500字ぐらいが一つの目処。 

2。取り上げる本、論文は自由。ただし、マンガは除く。文章中心のものであること。小説でも構わない。絵本は微妙なところ。

3。書く内容は、経営学全般、マーケティング、および消費者行動や消費文化という観点から書くこと。2の取り上げる本が何かよりも、こちらの分析視点が重要。 

4。書く内容に合わせ、関連する書籍を観点に合わせて2冊以上ピックアップすること。こちらの書籍は実際に読んでいなくても構わないが、具体的にどう関連しそうかについては別途調べておくこと。 

5。書く内容に合わせ、写真や画像を積極的に用いること。但し著作権や肖像権に留意し、他のサイトの画像をそのまま無断することはしない。 

6。書く内容に合わせ、リンクによる引用を積極的に用いること。こちらも著作権に留意する。

7。取り上げた本、および関連する書籍については、画像データをアマゾンを中心に取得し、リンクをはること。

いつ買っても安い(エブリデー・ロープライス)のメリット

エブリデー・ロープライス(EDLP)。代表的にはウォルマートが知られていますが、正直、この意味がよくわかっていませんでした。いつも安いのは当たり前の話であって、いつも高い店に行きたい人はいないだろうと(笑 特に日本では、基本的に大なり小なりEDLPが採用されているようで、その実感がわかなかった次第です。

もちろん、以前書いたテキストでは、黒岩先生がEDLPとハイロー・プライシングを比較しながらそのメリットを説明しています。すなわち、いつ買っても同じ値段なので、顧客は安心して買うことができる。また、店舗側にとっても、マネジメントの安定化を図ることができる。確かにそうだと思います。

このことを特に実感したのは、トロントでちょっと生活してみた時でした。こちらの店舗は、たぶん、基本的にハイロー・プライシングです。もっというと、通常価格高すぎる(笑

ドラッグストアに例えば行くと、通常価格と、部分的にセール価格が並んでいます。写真だとみえにくいですが、通常価格で23ドルぐらいするものが、セールと称して16ドルぐらいになっています。これはまだ下げ幅が小さい方で、10ドルぐらいのものが3ドルとか、ざらにあります(探したら追記でアップします。)

さらによくわからないのは、フリーズ価格なるものもあって、ちょっとだけ値下げされて固定されていたりする。これ以上は下がらないから安心して買ってねということでしょうか。ちょうどこちらのCOLD-FX(風邪薬かと)は、定価51.99ドルが、セールで38.99ドルですね。このぐらい違うと定価では買いたくない。

どういうメカニズムになっているのかは定かではありませんが、おそらくメーカーからのリベートを原資にして、ときどき大きく値段を下げるわけです。これをするとどうなるかというと、顧客としては、高いときには買わなくなります。いつか分らないけれど、安くなった時を狙ってまとめ買いです。それ以外に買うのは、どうしてもやむを得ない時だけ。。。定期的なセールで半額以下になるのが分っているのに、定価で買うのはもったいない。

店舗側のメリットとしては、顧客の来店頻度を上げることができるのかもしれません。またロスリーダー的な役割も期待できる。メーカーとしても、ブランドスイッチの可能性を期待できる(とにかくそのときに安いものを買う、みたいな。あるいはその価格差を乗り越えるブランド価値を構築できれば、定価でも売れる、など)。

ただ、EDLPの方がいいのではないかと、一顧客としては思う次第です。


価格競争があんまり、、、と思うわけ

牛丼界で没落したゼンショー どこで競合店と差が出たのか

何年か前、ビジネススクールの飲み会のときに牛丼競争の話題になりました。当時、三社が激しく値下げして競争していたわけですが(200円ぐらいになるんじゃないかと思っていた時期もありました)、どうして値下げ競争は駄目なの?というわけです。その時は何となく詰まったところがあり、あ、駄目でしょ?とだけいったわけですが、改めてと思い出した次第です。

その時なんとなく詰まってしまったのは、値下げして市場独占にまでいたれば、後からいくらでも回収できるかもと思ったしまったからでした。現実にそれは難しいことはわかりますが、うまく説明できるような感じではなかった(飲み過ぎていたかも、でも覚えているわけで。。)かなと思います。


値下げ競争は、まずは均衡への道です。均衡に達すれば、どの企業も利益は生存ぎりぎりの状態となります。基本的に、競争戦略とは、こうした生存ぎりぎりの状態を脱して、より多くの利益を確保するために行われます。

一方で、現実には、生存ぎりぎりになればなるほど、弱い企業は撤退することになります。弱い企業を可能な限り排除した結果としてえられるのは、独占状態です。独占になれば、後はやりたい放題です(もちろん、これも現実には難しそうですが)。

同時に現実には、独占状態になる以上にメリットが生じる可能性があります。例えば牛丼市場を考えた場合、値下げをすることで、他の牛丼企業に影響を与えるだけではなく、他の隣接市場にも影響を与えそうです。ハンバーガーを食べるのではなく、牛丼を食べようかというわけです。

実際にあのときうまく答えられなかったのは、この可能性、他の市場を浸食する可能性の、問題点を思いつかなかったからでした。他の市場もとれるのならば、うまくやっていけるのかも、と思ってしまったわけです。けれども、実は他の市場を侵食した場合、いつまでも独占が成立しないという大きな問題が生じると思います。隣の市場はたくさんあるわけですので、次々に他の市場の企業とも対決していかなくてはならないわけです。

他の市場を侵食できるというのは、メリットのようにみえて、おそらく、そもそも独占状態が成立しないというデメリットです。単に、当初の話通り、価格競争は均衡に至る道だということになってしまうからです。であれば、独占に至る前に(というか至らなくなってしまっているので)、どこかで反転した別の戦略をとった方がいい。


ところで、競争戦略は、基本戦略としてコストリーダーシップと差別化にわけられます。コストリーダーシップは値下げをベーストするわけですが、ここから、条件がもう少しみえてくるかもしれません。市場や産業が他の市場や産業からどのくらい独自的であると言えるかどうか、独自的であるならば、独占を狙って値下げするという手は生きてきそうです。一方で、独自的でないならば、ファーストフード市場という場合にはそうな気がしますが、コストリーダーシップは中長期的には今ひとつかも、ということになるのかなと思います。

今更ながら、記事を読んで思い出しました。