事例研究や定性的研究の課題は新規性とか独自性かと

定期的に考えさせられるこの問題。そんなに大した話でもないとは思いますが、なかなか定性的研究は査読論文通りませんね。

昔よく言われていたのは、多分、一般性という問題でした。一つや二つの事例ぐらいでは、一般性があるかどうかわからないというわけです。

今思うと、(あるいは昔から思っていたことでもありますが)一般性は副次的な問題でした。一般性があってもなくてもどちらもでよく、それで何を主張するのか次第という感じです。

ということで、今日、より重視され、はっきりしてきているのは、理論に対する新規性や独自性です。何が新しいのか。何が面白いのか。定性的研究は、今も昔も、独自性や新規性がとても弱く感じられます。

例えば新しい現象を捉えて事例研究とする。企業であったり、業界であったり、あるいは消費現象であったり、インタビューだったり、2次資料だったりするわけです。それで、これはまだ先端事例で知られていないからといってみたりする。

当然、新規性や独自性はゼロと評価されます。理由は簡単で、ここでは、事例それ自体を知りたいわけではないからです。これは大事なことで、事例それ自体もまた、副次的な問題だという点が重要です。その事例には新規性も独自性もない。

新規性や独自性が求められるのは、先行研究に対してです。これまで先行研究で言われてきたことに対して、どんな新しい主張ができるのかが問われます。事例はその主張をするための手段であって、一例です。だからこそ、一つの事例でもあっても構わない。重要なことは、理論に対して何を新規性や独自性として主張するのかです。

先端事例がそれでも論文になりやすいのは、その事例が先端であるがゆえに、既存理論では説明がつかなかったり、既存理論を更新する可能性があるからです。最悪追試でもいいのかもしれませんが、なんにせよ、理論に挑戦しなくてはならない。

論文として調べなくてはいけないのは先行研究であり、事例ではない。定性的研究が難しいのは、この先行研究の弱さにあるようにみえます。定性的研究や事例研究という言葉が示すように、これらの研究は事例を丁寧に調べ、分析することに重きを置いています。この考え方が、論文というものに合致していない。極端に言えば、事例はどうでもよい。理論が知りたい。

定性的研究では、しばしば、価値共創論にもとづいてとか、制度論にもとづいてとか、あるいはエコシステム論にもとづいて、事例を分析してみるといってみる。ここでは、多くの場合、先行研究がほとんど議論されていません。確かに一歩進んだ感はありますが、改めて、新規性や独自性が求められることになります。で、何が既存理論に対して新しいのか。何が既存理論に対して面白いのか。事例を整理したり、わかりやすく説明することとは違う展開が求められるのだろうと思います。

 


2026年06月23日 | Posted in エッセイ | タグ: Comments Closed 

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