はじめに成功すること
うまくいく研究者というのはどういう感じなのかなと思っていて、最初の成功が結構大事なのかなと思ったりした次第です。より具体的に言えば、最初の査読論文が通るかどうかということ。
色々なタイプがあるとは言え、博士課程に上がっての中心作業は査読論文を通すことになります。これが多くの場合一苦労であり、一つ目に時間がかかることはよくあります。この時、一つ目がうまくいくと、その後もうまくいきがちであり、逆に一つ目がうまくいかないと、その後も難しいという感じがするということです。こう書くとそれは当たり前という感じもしますが・・・
もう少し言い方を変えると、最初の成功体験がその後の行動を規定する感じでしょうか。だからはやめに成功体験をうまく得ることができないと、その後まで響くというか、仮にその後成功したとしても、その効果が弱くなる印象があります。人にもよりますので、苦節何年のような場合の方がその後すごいということもあるかと思いますが。
個人的な経験で言えば、最初の論文はラッキーで比較的すんなり通ったかなと思います。その後どうだったかあまり覚えていませんが、だからその後も投稿してみることにそんなに苦はないというか、ダメ元であれこれという感じはあります。これがもし、最初がダメだったり、とてもハードなものだったら、その後に響いていたのではないかなと。さらに言えば、これがもし英語の論文でも最初にすぐ通っていたのならば、その後も英語でいろいろ成果を出せたのではないかという気もします。
結局論文の良さやその論文を書く能力が大事だというようにも見えますが、ここが多分重要なところで、査読は多分に運の要素があると思います。運と言ってもギャンブルの類ではなく、テーマや方法のトレンドや、ジャーナルの目標や混雑具合、レビュアーの分布の変化などによって、つまりは論文そのものの内容とは少し違うところの要素が色々と入ってくる気がするわけです。このあたりを全て網羅できるぐらいの人であればあんまり関係ないかもしれませんが、普通はこの辺りの多くは見ることはできません。この時、最初にうまく通り、成功体験を得てしまえるということが重要になるということです。
最初が早めにうまくいくような体制を作れると、いいのだろうとは思います。ただまあ、そうは簡単にはいかないですよね。。。あるいは、そういうジャーナルや査読体制を作ってあげられると、コミュニティとして発展していきそうです。最初の投稿をできるだけ無条件にポジティブに受け取るようなシステムです。学会報告はそんな感じもあるかもしれません(が、その後の論文投稿につながるかどうかはまた別かも)。
あと、もう少し基本的な能力という点でいうと、書くことが好きとか日常という人は限られているかもしれません。短期的に、あるいは瞬発的に、1回や2回は書くことができます。修士論文であったり、博士論文もいけるのかもしれない。でも、そこからさらに5年とか10年とかいうと、書けなくなっていくような気もします。それは思っているよりも特殊な能力で、極端にいえば、プロになり、プロを続けられる野球選手やサッカー選手は本当に少ないですよね的なことなのかも。そういう意味でも、短い時間や能力において、早めにドーピングできるというかブーストできるというか、そういうことは重要と言えそうです。









