ブランドとかシステムとか

先日ちょっと用事があって高橋先生と話していて、システムは魂を入れるのが大事的な話を聞きました。わかりやすい例で言えば、ガンダムが人気があるのは、今も魂を入れている人がたくさんいて、色々活性化しているから。逆に、戦隊モノは魂を入れる人が減ってきてしまい、運営側も諦めることで終わってしまう的な。

ブランドもそうですよねというところで、ブランドシステムだからとも思ったわけですが、誰かが魂を入れている限りは動くわけですね。一番極端な例で言えば、人間がそれ。本人が生きているうちは動くし、どこかで成功する可能性もありますが、死んでしまえば、つまり魂が抜けてしまえば、まさに終わり。人は、死ぬまで、私とは何か、私とは誰か、私はどう生きるべきかを問い続け、実践し、日々反省しながら生きていく自己言及的な仕組みを持った心的システムです。

人もブランドもシステムだという方向で行くと、興味深いことに、逆に生き続ける人もいることがわかります。本人が死んでも、「ブランド」として生き続ける人もいる。織田信長や徳川家康は、本人は当の昔に死んでしまって魂はないけれども、僕たちが魂を入れ続けることで現代に流通し続ける。それは当の本人とは違うけれど、織田信長や徳川家康と呼び続けられ、関連づけられる。それは本当の織田信長ではないということはできますが、だからといって、それが織田信長ではないというわけでもない。

さらに延長でいくと、ガンダムに戻して、ターンAガンダムは印象深い話です。ガンダムが忘れられた時代に、ガンダムが発掘され話が進む。つまり、人で言えば元のガンダムは死んでいるはず。詳細はほとんど覚えていないのですが(というか特にみておらず、この手の話はよくある)、ガンダムは動かすことはでき、戦うことができる。その使い方は当時のものとは異なっているかもしれないけれど、ガンダムという物体と、それにまつわるエトセトラは伝承されていて、利用できる。魂が入れ直されることで、ガンダムは復活できる。ヒゲみたいな伝承の過程でおかしくなった変なものもついたりして、それはガンダムではないとも言われるけれど、だからといってガンダムではないわけでもない。

また少し戻して、織田信長も徳川家康は、ガンダムのような物体が残っているわけではない。それでも操縦できる。大事なことは、物理的なものが残っていることが重要なのではなく、「システム」が残っていること。構造でも過程でもいいけれど、そのように残るものを「システム」と呼ぶ。

見方を変えれば、システムは、人々から魂を吸収することで生きながらえる。心的システムは私が一人いれば事足りるが、実際には、他の人々の魂も吸収していて、そのおかげで拡大できる。私が誰かは、私一人で決めているわけではなく、周りの人々や、それから勝手に操縦されたイメージとして作られている。誰もその心的システムに興味がなくなれば、だんだんと弱くなっていき、最後に私が消えればシステムとしてもほぼ消える。織田信長が生き続けられるのは、そのシステムがまだ魅力を持ち、私たちから魂を吸収することができるからともいえる。この辺りは自己組織的な感じなのだろう。自己組織というと難しいが、鶏と卵の関係ぐらいでいいはず。

組織はもっと人に近くわかりやすいだろうか。企業のようなものは、従業員をはじめとした多くの人々のおかげで成り立っている。いなくなれば当然終わり。それでも、システムさえ残っていれば復活は可能。この時のシステムの要件が何かはこれまでの話から色々考えられそう。


2026年03月20日 | Posted in エッセイ | | Comments Closed 

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