系譜学の3つのスタイル


専門的にということではなく、個人的には系譜学というと、ニーチェとかフーコーを連想する。そもそもどういう研究が今日的にされているのかはよく知らないが、感覚にあっている紹介があったので備忘録がてらまとめておく。ウォルターズの『統治性』(邦訳版)におけるサールの議論である。

「簡単で使い勝手のいい定義をもとめている方々をがっかりさせるかもしれないが、実はそうではないといっておかねばならない(222)。」

「ときにフーコーはそれを『特別な方法論的語彙として、もしくは(彼自身による)批判的な歴史的哲学研究のタイトルとして』用いる一方、また別のところではそれを広範な意味で用い、ほとんど『歴史』や『起源』と交換可能なものとして使うこともある(222-223)。」

感覚にあっているのは、第一に系譜学は何か特別の定義や方法が確立されているようではないということであり、「歴史」や「起源」と同じように用いられる時があるということである。特に後者は感じられることであり、対象が多くの場合特定の言説であることを除けば(あるいはそのことをもって特別だと言えるのかもしれない)、歴史であるように感じられることはある。

同時に歴史であるといっても、その方向性にはスタイルがある。これが3つあるというのがまた感覚に合致する。

「この三つの要素とは、第一に、系譜学は歴史を書く様式として・・・第二にそれは批判などのような評価の様式として・・・第3にそれはひとつのテクスト的実践として・・・(223、サールの孫引き)」

「私の言う三つのスタイルとは、第一に系統図としての系譜学。第二に対抗的記憶と再系列化としての系譜学、そして忘れられた闘争の再奪取としての系譜学である。・・・これら三つのスタイルはけっして相互に排他的な関係にはないことを強調しておきたい(225)。」

とりあえずざっくりと言えば、正統的な歴史記述タイプ、オルタナティブな歴史記述タイプ、多様性を描く歴史記述タイプのようにも見えるが、この後の具体的な例を見るともう少し違いがあるようだ。

一つ目のスタイルでは、コリエーとラコフによるアメリカ的伝統に関する考察が紹介しながら、その特徴が示されている。

「あらゆる系譜学的研究は、私たちの政治的想像力に対する束縛をゆるめ、そうしなければ所与のものだと思われているような客観と主観や、アイデンティティと実践を脱自然化するために捧げられる(228)。」

したがって、一つ目のスタイルにおいても、オルタナティブや多様性が含まれるようにみえる。それでも、通常の歴史研究に近いとはいえそうだ。

二つ目のスタイルは、感覚よりも複雑なものかもしれない。

「系譜学は、出来事がその出来事を起こすためのさまざまな系列を作りだすために組織されることによって、また別の特別な系列を分解することによって機能する(239、コルウェルの孫引き)。」

出来事を主語としてみた場合、ある出来事は自らが出来事であろうとして様々な系列(理由や正当性と読み替えたらどうだろうか)を作り出したり、自らが出来事であろうとして別の出来事や、その別の出来事を作り出している系列を分解する。系譜学は、これらを明らかにする。

一つ目と二つ目の違いはどのあたりにあるか。一応区分は強調されている。

「系譜学1と系譜学2は、その異なる経験的な特異性の水準で区別されるということに気づかねばならない。系統図としての系譜学1は、私たちに所与のものを分析的に解体することでそれを脱自然化するが、再系列化(としての)系譜学2は集合的な歴史的記憶の特定のあり方の外部に存在し得たかもしれない歴史的な領野へその所与性を結びつけ、かき乱す。論理的というより実際的な理由から、系譜学2の規模のもとでは、系譜学1が前面に押し出すような細部や希少な変種はそれほど注目されることはない(251)。」

細かい事実の確定か、大枠の理論枠組みのオルタナティブの提示か、といった違いだと思えばいいだろうか。これらは「同時に組み合わせることもある」とされ、『監獄の誕生』が例示されている。

このようにみるといよいよ三つ目のスタイルが気になるところだが、忘れられた闘争と従属化された知の再奪取としての系譜学とある。

「系譜学1がその見た目から家系図と比較されうるとしたら、少々陳腐な例えかもしれないが、系譜学3はサッカーW杯やテニスのメージャー大会のノックアウト・ステージを記した図に例えたくもなる。・・・いかにも歴史とは、決勝で勝ち名乗りを上げたチームを称揚することで終わりとなる。勝者に記念碑を与えるのだ。ところが系譜学3は、私たちに忘れて去られていた戦いを、偶有性を、その幸運を、つまり物事はまったく違ったものになっていたかもしれないという事実を、思い起こさせてくれるのである(254-255)。」

つまりは別用の可能性を示すということであり、その意味では一つ目と二つ目とも重複するように思われるが、この試みはフーコーをしても(その最後に勝ち残ったという意味において)弱いものとなっているとされ、イシンの研究が提示されている。回収されていく論理から徹底して距離を置き、ローカルであろう(であるがゆえに失われることにもなる)とすることで、かろうじて議論が可能になるような方法だろうか。回収されない伏線、しかしもしかすれば、それがメインルートになったかもしれないという記述である。

改めて考えると、系譜3は徹底して行おうとすると、論文にはしにくい。都度都度の日記や備忘録のようである。本であれば「厚みを持たせる」「幅を持たせる」ような形で記述可能かもしれない。とはいえ、論文も本もひとつのストーリーも求めるという意味では、系譜学1や系譜学2に回収されやすくはなる。総じて系譜学とは、ある出来事の歴史を遡りながらそれを解体したり、脱自然化したり、その背後に隠れてしまった出来事や別の理論視点を取り戻そうとする試み全般だと思っておけばよさそうである。


2021年08月28日 | Posted in エッセイ | タグ: No Comments » 

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