どうでもいいことはどうしますか

ニュースを見ていて思うのは、大体のことはどうでもいいということです。おおよそ、自分の身近の出来事には興味がありますが、少し遠くなれば、縁遠い話ということになります。

この感覚は一つには危険であり、縁遠いように見えることが自身とどのように関わってくるのかについてこそ、考えていく必要があります。環境問題は言うに及ばず、政治の問題ですとか、もっとどうでも良さそうな、芸能ネタについても、何か関係があるのかもしれません。

『ドラゴン桜』が教えてくれる「頭がいい人と悪い人の決定的な差」日経ビジネス

ちょうど日経ビジネスの記事に、ドラゴン桜のエピソードが紹介されていました。勉強できない人というのは、日常に対して興味のない淡白な人だということです。日々のありようについてよくわからないし、関係ないしと思ってしまうと、それ以上考えることがなくなってしまうわけですね。

一方で、それこそ芸能ネタなどになると、逆に、無駄に興味を持ってしまうという感覚もあります。この場合には、いよいよどうでもいい話のはずですので、ちゃんと切り離しておかないと、大変なことになります。例えば推し活のようなものを考えると、やはり適度があり、一定を超えれば危険です。人はそれほど機械的には振る舞えないわけで、沼にハマれば抜け出すことは容易ではありません。

要するにバランスということではあります。対象との距離の置き方を考えること。基本的には、遠いものには興味がなく、近いものに興味を持つのが何かしら、動物的な?性向であることを知ること。一方で、遠いはずのものでも、いくつかの条件が整うと、とても近いものとして感じてしまうというやはり動物的な?性向を知っておくこと。時には、あえて遠くしたり、近くしたりすることが大事かもしれません。マーケティングという点では、自社製品に興味を持ってもらいたければ、この距離をうまく操作するということが必要になるかもしれません。


2023年08月31日 | Posted in エッセイ | タグ: No Comments » 

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