アウトレットモールの歴史

こんばんは!浅田です。
歴史分析最終発表用のブログです!

テーマ
アウトレットモールの歴史

選定理由
SCが続々と新設していることに気がつき、どう変化しているんだろう?と疑問を持ち、このテーマにしました。その中でも新しい業態であるアウトレットモールに焦点を当てて、歴史分析を行いました。

キーワード

アウトレット:多少傷のついた商品,季節外や旧型の商品,売れ残り品,またはその販路。本来は出口,はけ口の意味。
アウトレットストア:通常の使用に耐えうるこうした商品を値引き価格で販売する小売店

アウトレットモール(パーク):ショップが大規模な敷地に集積したもの。1980年代のアメリカ合衆国で発展し,1990年代に日本に進出した。


グラフデータ

グラフデータから、「アウトレットモール」というキーワードの検索数は、二つの波  (オレンジ、青)があることがわかります。
誕生、2つの波、衰退の4つの段階に分けて歴史をまとめました。

製品ライフサイクル

抜粋記事

①導入期

1993年に日本初のアウトレットモールが神戸で誕生した。1992年頃から、ローコスト経営の前提となる土地、テナント料の下落もあり、アウトレットストアが各地に増加していた。[1]これを受けて、アウトレットストアを集約したのが、神戸の「リバーモール」内のアウトレットモール(積水ハウス)である。「ダンロップ」のゴルフ用品を扱う住友ゴム工業の「RIC―OTL」やワールドの子会社、オリゾン ティ(神戸市)が運営する「キャパピー」など八店舗があり、安売りを競っていた。「実は、もともとマーケットシーン・リバーモールにアウトレットモールの計画はなかった。関係者によると、開業目前までテナントが決まらなかったため、急きょ、アウトレットモールを立案。リバーモールの目と鼻の先にあるファッション製品の常設展示場、神戸ファッションマート(KFM)に話を持ち 掛けてKFMのテナント六社を誘致し、なんとか八つの店舗を埋めたのが実情だ。」とあるように、発展性を見込んで作られたとは言えないようだった。[2]
[1]『日本経済新聞 大阪夕刊 関西トレンディ』、1993/06/21 、30ページ。
[2]『日経流通新聞』、1993/10/09 、12ページ。
②成長期

SCの増加とともに、アウトレットモールも増加していた。1999~2000年の二年間で約二十ものアウトレットモールが開業した。通常のショッピングセンター(SC)は九二年以降、年間百を超す出店ラッシュが続き過当競争気味。有力店がどのSCにも顔を出すなど 特徴が出せなくなってきた。「日本に適合したモール」を巡る各社の模索は続いている。[1]

そもそも「アウトレットモール」という形態は、米国では1980年頃から存在した。20年遅れて、日本で1990年代に増加したのには、2つの理由がある。不況と、商品サイクルの変化である。外資系の大手運動靴メーカーの例にとると、「製品サイクルの短縮で年一回だった新製品の発売が年六回に増加。流行遅れの商品が大量発生し多くの処分店が必要になった」[2]という。これらが、1990年代に日本でアウトレットモール増加の理由なようだ。
 しかし2000年代にさしかかる頃、在庫処分以外の役割も求められるようになった。企業が独自コンセプトのアウトレットを構築する例が増えたのである。集客力を発揮するモールの中で店の魅力を高めるには、プロパー商品を相当なボリュームで並べたり、「アウトレット専用商品」 を投入したりして品ぞろえを強化する必要があるがあったからだ。[3]
[1]『日経流通新聞 』、2001/02/06 、2ページ。
[2]『日本経済新聞 朝刊』、2001/02/11 、 17ページ 。
[3]『日経流通新聞 』、2001/02/06、 1ページ。
2002年頃から、アウトレットモールの差別化が重要視され始めた。「集客範囲が広いアウトレットモールは施設間の距離が離れていても競合しやすい。開業効果が一巡した後の課題はどう施設の魅力を高めていくかだ。大型店や専門店のバーゲンより買い得感を出すなど特長を鮮明にできないと開業景気が一巡した後、客足が遠のきかねない。飲食やシネコンなどサービス・娯楽機能の複合化は一つの方向性だ。来店頻度を高めるのか、 客単価を引き上げるのか狙う客層とともにマーケティングの軸を明確に据える必要もある。」[1]
[1]『日経MJ(流通新聞)』、2002/09/24 、8ページ。

③成熟期

デベロッパー関係者は「アウトレットモールは日本でも特別な存在ではなくなりつつある」と説明する。「時間を惜しんで掘り出し物を探す姿がすっかり減り、むしろ散歩がてら、ゆったり買い物を楽しむ人が多い。 犬を連れてくる人も目立つ。「安さより、気持ちよく買い物できることのほうが魅力」との声も聞かれた。」とあるように、2002年からの各モールの固定客確保のための働きかけによって、消費者の意識にも変化が見え始めた。出店者側も、最近はアウトレットだからといって正規店より内装やサービスの質を低くしておくことは許されなくなっていると説明する。

2010年には、テナントが埋まらないまま営業する施設が出るなど施設数の増加で市場淘汰が進んだ。そのため、アウトレットモールが特別な買い物場所から、百貨店や総合スーパーと同等の日常的な購入チャネルとなった。現在の施設を複合商業施設として郊外ショッピングセンターのように日常性が強いタイプと、レジャー要素が強いエンターテインメント訴求型のモールに分類。前者なら反復利用を促す提案、 後者なら非日常性を打ち出した提案や、施設で過ごす時間を楽しめる要素が必要だと指摘した。

 

④衰退期
2012年にはアウトレット市場の衰退を示す記事が見られた。
「低価格を武器に成長してきたアウトレット市場が曲がり角を迎えている。百貨店でもシーズン商品のセールが拡大しており、アウトレットの存在理由が希薄になりつつある。業界の試算ではアウトレットの市場規模は6千億円。矢野経済研究所(東京・中野)の推計によると、11年度は前の年度比3%増にとどまった。日本ショッピングセンター協会によると、国内のアウトレット施設は39。業界関係者の間では「アウトレットの出店余地はあと2~3カ所程度」(商業コンサルタント会社プロッドの田中紘之社長)」[1]
これをうけ、三井不動産などは海外出店へ方向転換をした。日本企業による中国での商業施設は富裕層を顧客とする百貨店が先行したが、消費市場拡大で中間層を狙った施設の需要が急増すると判断。国内は出店余地が少なくなる中、成長市場で攻勢をかける。三井不動産は中国で大型商業施設を多店舗展開する。上海市にショッピングセンター(SC)の1号店を開業し、アウトレットも出店する。日本企業による中国での商業施設は富裕層を顧客とする百貨店が先行したが、消費市場拡大で中間層を狙った施設の需要が急増すると判断。国内は出店余地が少なくなる中、成長市場で攻勢をかけた。[2]
[1]『日本経済新聞 朝刊』、2012/04/12 、10ページ
[2]『日本経済新聞』、2010/09/12

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